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絵馬はもともとは、生きた馬を神社に奉納していた名残りとされ厩(うまや)を型取った三角屋根状の板に馬の姿が描かれていたものですが、やがてさまざまな縁起絵が奉納されるようになりました。鬼子母神堂は、江戸時代に奉納された絵馬二十余点をはじめとして、明治以降に奉納されたもの合わせて五十余点の大小の貴重な絵馬を堂内に展観しています。中でも「大森彦七之図」(鳥山石燕作)」と「三人歌舞図(鳥居清満作)」は東京都の重要文化財に指定されています。 |
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鬼子母神の風車は元禄(1688〜1704)の頃、専右衛門、又は宇平治という人が作ったといわれております。
この風車は、喜多川歌麿が享和期(1801〜1804)に描いた、「玄英の雑司ヶ谷詣」に見られる風車を手本に、街づくりに力を尽くす地元の有志が復元されたものです。 |
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